例邪慢自分に徳がないのに、自分に徳があると思うよこしまな思い。 こう並べてみると、どれもこれもがそれぞれに思い当たる「慢」で、反省させられます が、この七つの中で、「我慢」だけが日常語として、今日、定着しているということは、い ちばん「我慢」できない「慢」なのかもしれません。 何事につけても「私が、私の、私に、私を」という思いは、昔から今日まで相も変わら ず、煩悩多き私どもには、つきまとっているのでしょう。 子供や家族や友人に、 「今回はちょっと我慢してよ」 というとき、自分が本来の「我慢」(自己中心)の心になっていることを忘れずに、この 言葉を使っていきたいものと思います。 ⑤増上慢まだ悟りの境地に至っていない者が、自分は悟ったとうぬぼれること。 ⑥卑慢自分より非常に勝れているものに対して、ほんの少し勝れているだけだと思う こ と 。